亡き師はかく語りき④ ナチス
「クローチャック先生はナチス党員だったんだよ。だから、戦時中、不足していた砂糖や楽弓の入手、独奏者の起用に恵まれていたんだ。」馬場省一先生の発言に驚かされました(下記画像:カールベーム指揮、ウォルフガング・シュナイダーハン、リヒャウト・クローチャック独奏、ウィーンフィルハーモニー管弦楽団。1941年=戦時中)。
第2次世界大戦開戦の前年の1938年、オーストリアはナチス・ドイツに併合されました。
ところがオーストリアが単純に被害者と割り切れないのは、オーストリア国民の中にナチスに対して深い信望を有し、入党する人が少なくなかったからです。
第6代オーストリア大統領のワルト・ハイムはその一人で、会社の代表や医者など高額所得者に多かったと聞きます(この段落はあるコミックから引用いたしました)。
ナチスに傾倒していた?優遇されるためにナチス党員に?私は、師の先生であるクローチャックに対して、この点について長く懐疑を抱いていたのです。
しかし最近になり、Wikiの記述がそれを解決してくれ、心が軽くなりました。
それによれば、同僚の当時コンサートマスターであるヴォルフガング・シュナイダーハンは、ユダヤ人を妻に持つクローチャックとエルンスト・モラベッツ(ヴィオラ首席奏者)を守るためにナチスに入党したとあります。
その流れから、クローチャックもナチス党員になることを余儀なくされたのでしょう(下記画像:その二人が所属するシュナイダーハン四重奏団)。
入党によって、戦時中、妻と音楽家としての立場を死守したとは言え、戦後は逆に厳しい立場に立たされたのではないでしょうか?
亡きの師の師匠であるクローチャックの人生の轍、そのほんの少しを見ただけですが、深い感慨に導かれたのです(下記画像:クローチャック夫妻)。
2020.12.23初出ですが、2.15の最終回に合わせて掲載日を変更
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