国枝春恵「エレジー」独奏チェロのための (1990)
【第34回定期演奏会の当日、作曲者の国枝春恵先生(注1)にお越しいただき、山澤 慧さんがご披露されたこの曲ですが、その演奏だけでなく裏話も実に感動的でしたので、ここに併せて紹介させていただきます。by サイト主】
この「エレジー(注2)」は、1986年にタングルウッドで国枝先生がお会いになられた指揮者・作曲家の故レナード・バースタイン氏(注3)に捧げられた曲ですが、作曲を始められたきっかけは、国枝先生が親しくされておられた方のご逝去だったそうです。
どこか武満徹氏の作品を思わせるような澄み切った空気感、チェロからそんな音が出せるのかと驚いた繊細な弓使い・指使い、かそけき音、チェロの胴鳴りの響きが空間に溶けていくようなホールの空気の振動、静寂、それを突如切り裂く琵琶をバチで叩きつけるような音等、その間の取り方も含め、背筋がピンと伸びた高い精神性を感じさせる曲。
当日山澤さんは、そこに新たな息吹を吹き込まれるような気合のこもった大熱演をご披露されたのですが、途中で急病人が出た(注4)ことから最後の約30秒が演奏出来ないという非常事態が勃発。
その後、取られた休憩中のこと。国枝先生は山澤さんに「あそこまで十分素晴らしい演奏をしてくれたから、今日はもういいんじゃない?」と優しくおっしゃったものの、代表の渡辺さんも交えて協議した結果、アンコールで再演することに。
ただ、ここからが思いも寄らぬ、急展開。
「じゃあ、アンコール用に短縮版を作るね」とあっさりおっしゃった国枝先生。「この曲は構造的に短縮出来るの」と始まったお二人の打ち合わせ。そして、練習する間もほとんどなかったはずなのに、そのアンコール版を見事に弾き切った山澤さん。
張り詰めた緊張感と情熱を持って、この作品の魅力を余すことなく伝え切ったその力量の確かさには、ほとほと感心してしまいました。
また、演奏者の力量を見て作曲家が曲を編集し直し、新たな曲として誕生する。これまでの音楽史の中でそのような逸話はいくつも散見されますが、実際に独奏チェロ用アンコール・ピースの名曲が生まれたこの瞬間に立ち会えたことも、共に生きる現代音楽ならではの喜びだったのではないでしょうか。
尚、国枝先生と山澤さんはこの日が初対面でしたが、お二人のご縁の始まりは国枝先生の元に届いた二通のメールから。
初日に届いたのは、「いいチェリストがいたから、もし機会があったら」と書かれたもので、今年の2月、東京で山澤さんが超難曲としても有名なルトスワフスキのチェロを演奏されたのをお聴きになられたご友人から。
その翌日。「初めまして。今回、先生の曲を・・・」と山澤さんから。
縁の不思議さに彩られた名曲・名演の伝説はこうやって生まれるのだと、改めて思った次第です。
(注1)国枝先生は現在熊本大学の教授で、現代日本作曲界の一翼を担われておられる方。略歴・主要な作品・動画サイトへのご案内等はこちらのサイトをご覧ください。
(注2)この曲のCDは、とても残念なことに現時点で入手困難。更には現時点でYoutubeにもアップされておりませんので、何度も聴き返すことが出来ません。今後、山澤さんがレコーディングされることを切に期待しております。
(注3)タングルウッドでのエピソードですが、バーンスタイン氏がフェロー若手作曲家の作品を聴く機会の中で、国枝先生の作品「エレヴァシオンII 」の録音にとても感激され、その作品から「能」のお話をなさったとのこと。ちなみに、その録音はバーンスタイン氏以外にも、武満徹氏、オリヴァー・ナッセン氏に好評を博したことから、アメリカ初演される契機となったのだそうです。
一体どんな曲だったのか、とても興味がありますが、残念ながらこれも聴く術がありません。ただ、国枝先生の下記3作品は視聴出来ますので、是非一度、その世界観をご体験ください。
≪光のとおりみちIII≫
'Corridors of Light III for Vibraphone and Piano (2014)' (再演)
≪花を≫ 一尺八、打楽器、ピアノのための
‘Floral Tributes for Shakuhachi, Percussion and Piano’(初演)
≪弦楽器、打楽器、尺八のための音楽~花をIII≫
‘Music for Strings, Percussion and Shakuhachi~Floral Tributes III’
国際現代音楽協会「世界の音楽の日々」2018北京大会に入選し、2018年5月26日クロージング・コンサートで再演された時の演奏
(注4)この急病人に対する対応の迅速さも感動的でした。私の近くの席の方が倒れられたのですが、たまたまご来場されておられた定期会員の医師の方が2名、さっと立ち寄られ、またそのすぐ後に美術館の職員の方がAEDを持って駆けつけ、始まった応急手当。当初は意識もない状態でしたが、その手当の甲斐あって、救急車が到着する頃には意識のある状態にまで復活。応急手当の大切さをまざまざと感じされられました。
またその間ずっと、変に騒ぐことも動くこともなくじっと見守っていた観客の皆様も含め、本定期演奏会の誇るべきことがまた一つ増えたように思いました。
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