第49回直方谷尾美術館室内楽定期演奏会
没後50年パブロ・カザルスと聴く7つの演奏会(2)
福岡発弦楽四重奏団 育成プロジェクト2
2023年2月23日(木・祝) 17時開演 16時30分開場
<Program> 紹介(演奏者のサイン入り!)
F.J.ハイドン 弦楽四重奏曲 ニ短調 作品76-2 Hob.Ⅲ‐76《五度》 紹介
W.A.モーツァルト 同 第22番 変ロ長調 K.589《プロシア王》四重奏曲 第2番 紹介
L.v.ベートーヴェン 同 第8番 ホ短調 作品59-2《ラズモフスキー》第2番 紹介
<出演者> 佐藤仁美、山下大樹(Vn)、猿渡友美恵(Vla)、田中雅弘(Vc)
<公益財団法人 日本室内楽振興財団 助成事業>
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~実行委員長からの紹介~
「福岡発弦楽四重奏団の育成活動について 」
1983年、東京の大学を卒業した私は、福岡市の大学院へ進学するために同市へ移りました。
クラシック音楽を好きになり、まだ1年弱の私は、日本のクラシック音楽界が抱えている問題を何も知らない世間知らずだったのです。
しかし、岸邉百百雄さんと、岸邉さんが主宰する弦楽四重奏団、福岡モーツァルト・アンサンブルと出会い、のほほんと演奏会を聴き、のほほんとアマチュアで楽器を嗜んでいる自分を恥じました。
岸邉さんは、74年に九州交響楽団のプロ化に際して、コンサート・マスターに招かれ、同時にこの弦楽四重奏団を設立されたのです。
しかし、岸邉さん以外のメンバーは、弦楽四重奏はもちろん、室内楽の経験がほとんどなく、まさにゼロからのスタートでした。
そして、この生まれたての四重奏団を育てようと、オーディエンスの代表が《聴く会》を発足したのです。
従来の鑑賞団体と一線を画するのは、欧米や中央の一流の音楽家を招聘して楽しむのではなく、地域発の弦楽四重奏団を育成し、オーディエンスとともに歩む趣旨でした。
23歳の私はこの活動のあり方に強く共鳴し、音楽振興の道に足を踏み入れることになったのです。
その時、四重奏団は、すでに10年目を間近にして、モーツァルトの弦楽四重奏曲の連続演奏会に続いて、ベートーヴェンのそれに取り組み、後期四重奏曲に突入しようとしていました。
四重奏団の活動は各地におよび、福岡市の他、北九州市、宗像市、佐賀市で定期演奏会を開催し、私は最後の5年、直方にそれを興しました。
これらの都市で700人を超えるオーディエンスがいて、これは日本の弦楽四重奏の歴史では驚くべきことなのです。
1994年の解散後、私は地域発四重奏団とオーディエンスが絆を作っていく活動の再興を願い、動きました。
しかし、当時の福岡では弦楽四重奏のための人材が薄かったことと、私が苦境に陥り、遂行することができなくなったのです。
2005年、私は苦境のトンネルから一時脱出することができ、再び実現に乗り出したのです。
年齢的に最後のチャンスでした。
ところが、地域発の四重奏団の設立は依然として難しくありました。
そのような時にクァルテット・エクセルシオと出会ったのです。
そこで私は地域発の四重奏団を始動する前に、《弦楽四重奏を受容できるオーディエンス》を育てておこうと考えたのです。
それがこの室内楽定期演奏会の始まりです。
2010年のことです。
2年後の12年10月、福岡発弦楽四重奏団の母体でありますEnsemble+PLUS (弦楽三重奏)のエピソード・ゼロと言える演奏会が開催されました。
そして、このアンサンブルは14年に発足し、福岡発四重奏団への発展を願う私は、メンバーにそれを進言したのです。
この室内楽定期演奏会では、17年に弦楽三重奏+ピアノで起用し、19年には客演で弦楽四重奏に挑戦してもらいました。
こうした準備段階、メンバーの確定などに数年の時間を要して、昨年ようやく始動した次第です。
しかし、この趣旨に賛同していただくことは、けして容易ではありません。
弦楽四重奏団として、すでに一流に成長しているエクセルシオを堪能する方が楽しい、育成やともに歩むなんて面倒だと思う方が一般なのです。
水は高いところから低いところへと流れる…残念ですが、仕方ないことであります。
共鳴してくださる、理解してくださるオーディエンスを、薄皮を重ねていくように増やしていく...、まさに闘いです。
長くなりましたが、こうした趣旨で取り組んでおります。
どうぞ、この《おらが弦楽四重奏団》と、その育成活動を長い目で見守っていただきますよう宜しくお願い申し上げます。
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